神戸製鋼に入社しラグビー社会人大会で7連覇に貢献した富岡剛さん。
幼少期からラグビー人生を送ってきて、現在は協会の代表理事を務めていますが経歴や学歴はどのようなものなのでしょうか?
そこで今回は、富岡剛さんが何者なのか?調査しました。
目次
【何者?】富岡剛のwiki経歴

- 中学1年生の時にラグビーを始める。
- 青山学院大学ラグビー部で背番号15番のフルバックとして活躍し、大学3年時には全日本代表候補合宿に参加。
- 1991年、大学卒業後に神戸製鋼コベルコ・スティーラーズに入団。
- 神戸製鋼では1991年から1998年まで選手として活躍し、チームの日本選手権7連覇に貢献。
- 1998年に現役を引退し、その後母校である青山学院大学ラグビー部の監督に就任。
- 現在は一般社団法人世界デトックス協会の代表理事として活動。
中学1年生の時にラグビーと出会い、その魅力に惹かれ、それ以降ラグビーに情熱を注ぎ技術を磨いてきました。
大学時代には、ラグビー部で背番号15番のフルバックとして活躍し、チームの中心選手に。その実力が認められ、大学3年生の時には全日本代表候補の合宿に参加しています。
大学を卒業した1991年、富岡剛さんは神戸製鋼コベルコ・スティーラーズというプロのラグビーチームに入団し、プロ選手としてキャリアをスタート。
このチームで富岡剛さんは素晴らしい活躍を見せ、日本選手権で7連覇を達成するなど名前を広げていました。
富岡剛さんは入団1年目からレギュラーとして試合に出場し、チームの得点王にも輝きました。
さらに、日本選手権で74得点を挙げるという記録も作り、これは当時の最高得点記録だったそうですね。
1998年まで神戸製鋼で選手として活躍した後、富岡剛さんは現役を引退。
引退後は、母校である青山学院大学のラグビー部監督として若い選手たちの指導をしています。
現在、富岡さんは一般社団法人世界デトックス協会の代表理事として活動しています。ラグビー選手としての経験を活かしながら、新しい分野でも活躍しています。
富岡剛の学歴

富岡剛さんは、幼い頃から大学卒業まで、ずっと青山学院で学んでいます。一貫教育と呼ばれるもので、同じ学校で長く学ぶことができる特別な環境になっています。
富岡剛さんは青山学院の幼稚園からスタートし、小学生になると青山学院初等部に進み、中学生になると青山学院中等部へ進学しました。高校生になってからも青山学院高等部で学び続けました。
最後には、大学生として青山学院大学に入学。大学では経営学部経営学科で学びながら、ラグビー部で活躍しています。
富岡剛さんは大学3年生の時には、全日本代表候補の合宿に参加するほどの実力を持っていたそうです。
このように、富岡剛さんは幼稚園から大学まで、約16年間も同じ学校で学び続けています。
この経験は、富岡剛さんの人格形成や価値観に大きな影響を与えたと考えることが出来ます。
長年同じ環境で過ごしたことで、深い友情や強いつながりを築くことができたのではないでしょうか。
富岡剛のプロフィール

- 名前:富岡剛(とみおかつよし)
- 生年月日:1968年5月8日
- 出身地:東京都渋谷区
- 学歴:青山学院大学経営学部経営学科卒業
- 趣味:音楽鑑賞・映画鑑賞・ボディメイク
- 血液型:AB型
- 身長:181cm
【何者?】富岡剛のwiki経歴学歴!神戸製鋼に入社しラグビー社会人大会で7連覇!まとめ
いかがでしたでしょうか?
富岡剛さんの経歴や学歴を調査しました。
輝かしいラグビー人生で、現在は協会の代表理事を務める富岡剛さんの今後の活躍も注目です!